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2025.11.27 料理人

人を育て、人を繋ぐ。行方ひさこが佐賀で感じた伝統の進化と継承/「唐津 松の井旅館」料理長 森次庸介さん編

器の世界に惹かれたきっかけは、幼少期に出会った祖父母が唐津旅行から持ち帰った、唐津焼のデミタスでした。モノづくりの未来への展望を学ぶ旅の出発地、唐津からスタートです。

森次 庸介さん @karatsu_matsunoi
「松の井」料理長。1990年佐賀県唐津市生まれ。福岡調理師専門学校を卒業後、京都の名店「じき宮ざわ」で研鑽を積む。2011年に実家である「松の井」に戻り、現在料理長を務める。唐津焼をはじめとする器への造詣も深い。

「唐津 松の井旅館」は明治28年創業という老舗料理旅館。目の前に唐津湾を望む海岸線、日本三大松原の一つである虹の松原の西端から少しのところに位置していて、美しく整えられた庭を眺めながらゆったりとした時間を過ごすことができます。現在は森次庸介さんが料理長として、玄界灘の天然魚介を柱に山海の「旬」を唐津焼に切り取った料理を作るべく腕を振るっています。

USEUM SAGAという 新しい挑戦で見えたこととは

「唐津 松の井旅館」は、2022年4月に行われた第二回USEUM SAGAの舞台になりました。この会では、ロジカルペアリングの第一人者として国内外で高い評価を受け、日本を代表するソムリエの一人である大越基裕氏との共演が実現しました。大きく2部構成で実施され、2日間にわたり行われた「2 Senses Fusion」。文字どおり、料理人とソムリエ2人の感性のコラボレーションでした。

行方:私も参加させていただいたお二人のコラボレーション、1皿1皿、料理と飲み物が運ばれてくるごとに驚きがあり、最後までゆっくりと楽しむことができました。

森次さん:ありがとうございます。実は、イベントが始まる前からかなりバタバタしてしまいました。イベントのための食材を決めるために大越さんがいらっしゃった日も、当日に全く食材が集まっていなくて、周りの方々にかなり心配をかけてしまいました。元々2日間の予定だったので、その前日は終日準備をしようと思っていたのですが、そこが急遽関係者の試食会になったんです。慌てふためきました。「失敗してもいいからね。」という温かいお言葉を受けて、お肉を焦がしたりと、しっかり失敗しました(笑)。

なんとか始まったイベントでしたが、当日になっても食材が届いていなかったりする状況で。さらに2日目には、誤作動で会場の火災報知器が鳴り響きました。デザートの求肥を鍋で練っている時だったのですが、慌ててしまって火災報知器とは逆にあるブレーカーの方に走り、長いこと鳴りっぱなしになってしまいましたね。

行方:舞台裏はそんなことになっていたなんて!お席では微塵も感じられなかったです。

森次さん:USEUM SAGAへの参加のお話をいただいた時、「もっと最適で優秀な方はたくさんいるので、そもそも自分には難しいかもしれない」と思って最初はお断りしたんです。でも、これを断っては、いつまでたっても田舎旅館のままだろうなと思い直し、覚悟を決めて臨むことにしました。とはいえ、プレッシャーによるストレスは計り知れないものがありました。

でも、ストレスは本来自分に足りていない実力と皆さんからの期待値とのギャップで感じるのではないかと、とにかくやってみよう!と。終わった後はほぼ記憶がなく、蕁麻疹ができたり髪が抜けたりして大変でしたが、とにかくやり切ったと思います。終わった後、関係者と話したことや写真を撮ったことも含めて記憶がほとんどないんです。翌日は終日寝ていたため、みなさんが心配をして「連絡が取れない!森次の生存確認をしろ!」と騒ぎになったそうですが、その記憶もありません(笑)。

イベントへの参加がきっかけになった「ラボ」と出会い

行方:イベントに参加するにあたり、「ラボ」に参加されたと聞きました。「ラボ」とは、どんな活動なのでしょうか。

森次さん:佐賀の食材や器の存在は以前から気になっていましたが、普段の仕事の中ではものが作られている現場や生産者に足を運ぶ機会をなかなか作れずにいました。USEUM SAGAのお話をいただいたことをきっかけに、この機会に一度自分の目で見て味わってみて、確かめたいと思ったのが、「ラボ」=視察のきっかけです。「ラボ」では、佐賀県内の食材やうつわの産地を幅広く視察しました。海苔、蓮根、山菜、アスパラ、そうめん、すっぽん、蕎麦、パプリカ、ナス、日本酒、さらに肥前びーどろ、伊万里焼の窯元などを訪れ、生産者や職人の方々と直接話す中で、食材や器の背景、文化を学びました。視察で得た経験は料理の発想につながり、唐津のウニと神埼そうめんを肥前びーどろに盛り付けたり、すっぽんの茶碗蒸しを有田焼に盛るといった、コラボイベントの献立が生まれました。

行方:「ラボ」に出会い、新たな経験をしたことで森次さんの世界観がかなり広がったようですね。

森次さん:とても貴重な経験をさせていただいたなと思っています。佐賀県で生まれ育ったのに、知らないことの方が多かったんです。イベント後は今まで以上に佐賀県の生産者にアンテナを張っていますし、色々と見せていただくようになりましたね。それから、近くにある植物に目を向けるようにもなりました。摘んできた植物でお茶を入れてみたり天ぷらにしてみたり……身のまわりのもので工夫を凝らすようにもなりました。

大越さんのペアリングも驚くことばかりで、本当に勉強になりました。ペアリングの幅広さに大越さんの懐の深さを感じました。「こんなに自由でいいんだ!」と目から鱗でした。恥ずかしながら、佐賀の日本酒のことをそこまで詳しく知らなかったのですが、イベントを通してそのおいしさを再確認しました。県外の方にも佐賀の魅力を知っていただきたいという気持ちが強くなり、改めて佐賀の地酒を揃えました。

料理と器のマリアージュを発見する

行方:松の井さんでは、唐津焼でお料理を提供されるのも特徴ですが、USEUM SAGAでは有田焼のお皿に盛り付けられたものもありましたよね。唐津焼以外のお皿に盛り付けるのはいかがでしたか?

森次さん:イベントを通じて、有田焼の美しさにも目覚めました。飾るものだと思っていた有田焼は、料理をより美しく映させてくれるものだと知りました。唐津焼は父の代でかなり揃っているので、新たに買わないようにしているのですが、今は古い有田焼や古いガラスなどに取り憑かれています。とはいえ、唐津焼をより魅力的に魅せてくれるものを基準に色々と集めています。うつわ好きと存じ上げているお客様には、自分のコレクションでお出ししたりするようになりました。

唐津に根ざし、唐津を伝える “ごはん”というおもてなしを育てていく

「唐津 松の井旅館」は、庸介さんとお父さまが調理をし、他には仲居さんが2人で切り盛りされています。

「僕が小さい頃から働いてくださっている方が多いので、寂しいのですが1人2人と卒業されていくんです。」人材不足に悩まされながらも、取材当日も、チリ一つ落ちていない綺麗に磨き上げられた廊下に、心配りの細かさを感じずにはいられませんでした。

京都で1年半、尊敬する師匠の店で修行をした後に実家である「唐津 松の井旅館 」に戻ってきた森次さんは、自分が京都で学んできたことを最大限に活かすことが最善だと思い邁進していたところ、地元の常連さんにお叱りを受けたそうです。そこから自らを深化させるトライ&エラーの旅が始まります。お客様が喜んでくださるもの作らなけらればと思い直し、佐賀という地の食材に寄り添うように、唐津に暮らす自分らしく素直な料理を作ろうと考えるようになったそうです。

森次さん:地元の常連さんの集まりがあり、自分は京都で勉強をしてきた「お椀を出したい」と言ったのですが、父は「やめておけ。」と。なんとか父を説得してお椀をお出ししたのですが、ほとんどの方が残されてしまいまったんです。常連さんにうかがってみたところ、「味がない。」とおっしゃる。丁寧に出汁をとって醤油も入れているので、味がないわけはない。でも、そこでお客様は京都の料理を食べたい訳ではなく、この土地で一番おいしく食べられる「ごはん」が食べたいのだと気付きました。

行方:「ごはん」ですか。

森次さん:はい、お料理というより「ごはん」を食べていただくと思ってお作りしています。自分が料理をできるんだというのを見せたいわけではなく、ここでゆったりと美味しい「ごはん」を食べて過ごしていただきたいなと思っています。「USEUM SAGA」という貴重な経験を経て、改めて佐賀の豊かさに気付くことができましたし、日々勉強していきたいと思っています。

行方:イベントの後に新たに考案したメニューはありますか?

森次さん:イベント後の「ラボ」は、主にこちらから希望を出してお伺いをするかたちで、頻度でいうと3〜4ヶ月に1回程度かと思います。ある日、県内で蕎麦粉の生産があると新聞で見て、県庁の職員の方に紹介してもらったり、先日はまんてんの胡麻や佐賀の蕎麦屋に連れて行って頂きました。蕎麦打ちは、以前に一度挫折していたのですが、YouTubeなどを見て勉強し、練習を重ね、今では蕎麦をお客様にお出しできるようになりました。

佐賀県産の蕎麦粉で作る蕎麦を提供していきたいと、次のイベントにはスッポンのお出汁の蕎麦を考えているそう。そのために蕎麦の細さや長さ、茹で方などを絶賛研究されているそうです。嬉しそうに話す姿は、とても楽しそうです。

唐津焼、古伊万里とフランスの古いガラスを漆器の合わせとハイセンスで素敵なコーディネートで。この日は、優しいお出汁と合わせたお蕎麦を中心に、鮑の煮物とお作りでお昼のお膳を作っていただきました。USEUM SAGAでの経験が、料理の盛り付け方や作り方に変化を生んだのでしょうか。唐津焼をベースに、食と器のマリアージュを新しいワクワク感と共に楽しんでいるように感じました。

イベントを経て、佐賀の奥深さに触発されました!と興奮気味に語ってくれた森次さん。唐津という土地にしっかりと根を張り、土地に眠るストーリーを掘り起こしながらコツコツと自らの感性を磨き上げています。ここでしか作れない食と器の繋がりをしっかりと創り上げ、新しい唐津を未来に紡いでいく姿は、とても頼もしく見えました。ぜひ、佐賀のポテンシャルと唐津の日常を感じに「唐津 松の井旅館」に足を運んでいただけたら嬉しいです。

 

唐津  料理の宿  松の井
住所:佐賀県唐津市東唐津2-4-32
電話:0955-72-8131

 

行方ひさこ @hisakonamekata
ブランディング ディレクター
アパレル会社経営、ファッションやライフスタイルブランドのディレクションなどで活動。近年は、食と工芸、地域活性化など、エシカルとローカルをテーマにその土地の風土や文化に色濃く影響を受けた「モノやコト」の背景やストーリーを読み解き、昔からの循環を大切に繋げていきたいという想いから、自分の五感で編集すべく日本各地の現場を訪れることをライフワークとしている。2025年より福岡県糸島市にて「科学の村」をつくるため、学術研究都市づくりに参画。阿蘇草原大使。

Interview & text  Hisako Namekata

Photo by Koichiro Fujimoto

PROJECT

STORY

佐賀の豊かな自然と対話しながらこだわりの食材を生み出す生産者たち

400年以上続く伝統と技術を受け継ぎながら器づくりに向き合う作り手たち

料理人

佐賀の「食」と「器」の価値を引き出すことのできる気鋭の県内料理人たち