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2025.12.16 料理人

人を育て、人が繋ぐ。 行方ひさこが佐賀で感じた伝統の進化と継承/カレーのアキンボ 川岸真人さん編

第三回目は、佐賀市にある完全予約制・コースのみのスパイス料理レストラン「カレーのアキンボ」オーナーシェフの川岸真人さんを訪れました。佐賀の食材にフォーカスし、それらをスパイスで存分に引き立てる、カレーという枠に収まらない独自の世界を展開している川岸さんのこれまでとこれからの展望をうかがいます。

川岸真人さん @akimbo_curry
1984年佐賀県佐賀市生まれ。都内の寿司屋で3年修業を積み、2010年に東京・錦糸町に「カレーのアキンボ」をオープン。2015年に佐賀へ戻り、完全予約制・コースのみのスタイルにリニューアル。「ミシュランガイド2019福岡・佐賀・長崎版」ビブグルマン獲得。「ゴ・エ・ミヨ2023」では佐賀県内7店舗の1店に選ばれる。

美大から寿司へ、寿司からカレーへ。

東京の美大を卒業し、たまたまスイスのお寿司屋さんの求人募集を見て、未経験ながらも寿司をやってみたい!と応募をした川岸さん。未経験だったので、あいにくそこの会社で働くことは叶いませんでしたが、諦められずに研修制度もある寿司チェーン店で働くことにしました。もちろん、調理担当ではなくホールを務めることになるのですが、その当時から「いかにかっこよく辞めるか」を考えながら働いていたといいます。

2010年、錦糸町にカウンターのみ、カレーも1種類のみというシンプルなカレー屋「カレーのアキンボ」をオープン。瞬く間に行列のできる人気店になり、5年間走り続けた後に佐賀に戻り、自らの手で改装した古民家で佐賀の豊かな食材をベースにした新たな店舗をオープンさせました。

ゆったりとした空間に流れる温かな雰囲気と、佐賀の食材を使った独創的なスパイスコースは、県外からわざわざ訪れるカレーフリークやフーディたちを魅了しています。

行方:どんな経緯で東京でカレー屋さんをオープンさせたのですか?

川岸さん:寿司屋で働いている時に「自分の店をやるから、辞めます」って言ったらかっこいいなと思っていたんです。でも、寿司屋をやるのは無理だから、カレーにしてみようかと。その当時、インド料理やシェフの料理本を見ながらカレーばかり作っていた時期でした。半年くらいずっとカレーを食べていたのですが全く飽きなかったので、これは向いている、仕事になるんじゃないかと思いましたね。

結果的に、カレー屋になるための資金を貯めるために寿司屋で働いていました(笑)。

 

古民家でいただく、郷土スパイスガストロノミー

行方:独学で始めたにも関わらず、東京の店舗も行列ができる人気店になり、大成功だったと思うのですが、佐賀に戻ることは決めていたのですか?

川岸さん:はい、30歳では戻ってくると決めていました。東京では回転率を上げる必要があって、やりたいことができなかったことも大きな理由です。

お店は今年で丸9年目になります。あまり幸せを感じるタイプではないと思っていたのですが、ここ1,2年は、真っ直ぐに食に向き合えていることでとても充実していて、特に幸せを感じています。

行方:現在は、ほとんど佐賀の食材を使用されていますが、それは当初から決めていたのですか?

川岸さん:佐賀で店をする際には、佐賀の食材にこだわろうと決めていました。でも、最初はどうしたらいいのかやり方が分からなかったので、ネットで調べたり、両親から紹介してもらったり。道の駅で生産者を調べてアポを取って一軒一軒伺ったりしました。

そんな中、道の駅で他とは違う野菜やお花、果物などを見つけて使ってみようと思って購入したのですが、よく見たらすべて同じ生産者の名前が書いてあり連絡を取ったのが始まりで、今でもお付き合いが続いている生産者との交流が始まりました。

その生産者は、山の中に畑を持っていて、100種類以上の野菜や果物を自然栽培で育てています。良い生産者に出会えたことで、その日に入手した食材から料理を考えるということしか、もうできないですね。

 

個性豊かな佐賀の食材をスパイスの力でさらに引き出していく技

行方:どんな食材を中心に取り入れていますか?

川岸さん:普通に育てられている野菜などは、柔らかかったり甘かったりと食べやすく作られています。優しい味わいになるように品種改良されているのかもしれません。そういった野菜にスパイスをぶつけると、スパイスが勝ってしまうんです。

ずっとお取引させていただいている生産者のつくる野菜は、かなり個性的なものばかりです。ものすごく辛いとか苦いものもあるので、そういう野菜たちはスパイスと対等にぶつかってくれて、相乗効果でパワーが生まれる気がしています。パワーがある野菜の方が、お客様に説明しなくても伝わるような気がします。

カレーって野菜や植物自体が持っている荒々しさや個性みたいなものとの相性がとてもいいなと感じています。個性の強い食材を取り入れることで、それを活かして引き算での料理を心がけています。

畑や港に行き、いつも佐賀の食材を探しているという川岸さん。毎週のようにお馴染みの生産者のもとへ通い、野菜を自ら採ってくるそう。それはこの地の食材が、わざわざ予約してカレーを食べに来てくれるお客様を喜ばせてくれるからだといいます。佐賀の食材への信頼が根底にあるからこそ、さまざまな挑戦ができるのでしょう。

 

USEUM SAGAで感じたこと、そこから学んだこととは。

第5回のUSEUM SAGAでは、沖縄・宮古島を拠点に琉球ガストロノミーを提唱して高い評価を得ている渡真利泰洋シェフとのコラボレーションが実現し、佐賀と宮古島の食材や調理法の新たな魅力を伝える特別なディナーが振る舞われました。交互に一皿ずつメニューを作ることが多いコラボレーションですが、それでは完成度が低くなるという渡真利シェフの想いから、すべての皿が2人の合作となりました。

行方:川岸さんは、食材を入手してから即興で調理をすると、先ほども伺いましたが、USEUM SAGAではどのように2人の料理のクリエイティブを高めていったのですか?

川岸さん:きっとフレンチ業界では事前に作り込みながら準備していくのだろうと思っていました。僕は作り込んだレシピを作ったことがなかったので、フランス料理の本を何冊か読んで、少しずつ考えながら勉強していました。でも、どちらかというと当日に即興性のある料理をしていたのは渡真利さんでした(笑)。

お互いの地を訪れたり、事前にかなりのやりとりはしていましたが、3日前に渡真利さんが佐賀入りして、メニューがほぼ変更になりました。前日の夜にスッポンを使用することが決まったり、なかなかの進行でした(笑)。さらに、生食で提供するはずだった蟹が、当日に届いてみたら生食用じゃなかったんです。もう、コースもスタートして1,2皿は提供していた時だったのですが、渡真利さんに「カレーにして!」と提案され途中でアレンジすることになりました。

行方:ライブ感、ありますね(笑)。

川岸さん:メニューとも違うし、お客様にどう説明しようかなと思っていましたが、渡真利さんが「そのエピソードは絶対説明しなきゃダメだよ、それが面白いところだから!」と。渡真利さんはイベントに慣れているからこその判断なんだろうなと勉強になりました。

USEUM SAGAでは、かなり背伸びしたことをやったなと思います。たくさんの方々がサポートしてくれて、やっと、一応、神輿から振り落とされずに生き残って帰ってきたなっていう感じです。結果的にお客様にとても喜んでいただけたようなので、皆さんに恥かかせずに済んだと胸を撫で下ろしたって感じです。

渡真利さんの経歴に傷をつけなくて良かったなっていうのと、USEUM SAGAのスタッフの方々に「やってよかったね!」と言ってもらえて、良かったなと思っています。

行方:イベントの最後に涙ながらにスピーチをする姿がとても印象的でした。終始お祭りのような楽しい雰囲気で、そこに感動的なフィナーレが待っているなんて、本当に満足度の高い心が揺さぶられる時間でした。

 

激動の後の変化と、ここからのこと。

行方:USEUM SAGAを終えて、ご自身に何か変化はありましたか?

川岸さん:今までずっと自分の料理にこだわりがあるというか、「自分の料理はこうなんだ」という決まりのようなものがあったのですが、今は、少し冷静になって自分の料理の良さや弱点のようなものが見えてくるようになりました。ようやくそういう視点が持てるようになった気がします。

レシピ化してみるつもりで、自分の料理を客観視してみるタイミングなのかもしれません。商品化しようとか、そういうことではないのですが、自分の新しいアプローチとして即興だけでなくレシピに落とし込んでみるというのも新しいかなと思っています。

行方:今日はUSEUM SAGAの進化版のお料理を作っていただけるということで、とても楽しみにしてきました。

川岸さん:こちらの薄焼きのパンは、USEUM SAGAで「ポーポー」という名前でお出しした、宮廷料理の一つです。このクレープのような料理を沖縄で見た時に、これは和紙と合わせたいなと思い、イベントでは名尾和紙と共に提供しました。上にはブロッコリーなどの野菜たちを乗せています。

行方:はい、印象的だったのでよく覚えています。手漉きの和紙の質感もとても良くて、贅沢な気持ちになりました。

川岸さん:USEUM SAGAのために、沖縄の魚について色々と調べてました。そこで、かつて琉球王国はタイと交易があったという歴史に辿り着きました。佐賀ではハーブやパクチー、レモングラスなどがたくさん栽培されているので、それらのハーブを使ったタイカレーを作ってみようと思いつきました。

イベントでは、タイカレー風のペーストに甘酒を加え、沖縄の魚、イラブチャーを漬け込んで月桃の葉で包んで蒸した料理を提供しました。今日のカレーは野菜のスープに甘酒を加えてタイカレー風にしたものです。

 

川岸さんの作るカレーは、動物性の油を極力使用せず、野菜の出汁と主張させ過ぎないスパイスで旨みや香り、味わいを繊細に引き出しています。生産者と顔の見える関係を築く中で、その時々で採れる旬の食材の中でアイディアを絞って作ることが本当に楽しいと語る川岸さん。食材の豊かさや彩りだけでなく、佐賀の雄大な自然の美しさも含め、魅力を伝えていくことも役割だと話してくれました。

 

カレーのアキンボ
住所:佐賀県佐賀市大和町川上475
電話:080-6426-4170

 

行方ひさこ @hisakonamekata
ブランディング ディレクター
アパレル会社経営、ファッションやライフスタイルブランドのディレクションなどで活動。近年は、食と工芸、地域活性化など、エシカルとローカルをテーマにその土地の風土や文化に色濃く影響を受けた「モノやコト」の背景やストーリーを読み解き、昔からの循環を大切に繋げていきたいという想いから、自分の五感で編集すべく日本各地の現場を訪れることをライフワークとしている。2025年より福岡県糸島市にて「科学の村」をつくるため、学術研究都市づくりに参画。阿蘇草原大使。

 

Interview & text  Hisako Namekata
Photo by Koichiro Fujimoto

 

 

 

PROJECT

STORY

佐賀の豊かな自然と対話しながらこだわりの食材を生み出す生産者たち

400年以上続く伝統と技術を受け継ぎながら器づくりに向き合う作り手たち

料理人

佐賀の「食」と「器」の価値を引き出すことのできる気鋭の県内料理人たち