
「僕が“一撃”にこだわるのは、できるだけ魚にストレスをかけたくないから。
魚を締めることは“おいしくするため”の過程のひとつ。魚の命への敬意として、僕はそれを“手当て”だと考えています。
やりたいことはただひとつ。
唐津の魚の独特のいい香りをお客さんに届けたい、ただそれだけなんです」
(大山鮮魚店 3代目 大山拓朗)
魚の中枢神経を壊し死後硬直を遅らせて鮮度を保つ「神経締め」。迷いなく手際よく進められる“手当て”には、神業とも言える卓越した技巧がある。一匹一匹違う個体の性質に合わせて方法を変え、料理人が調理を始める時間を逆算してもっとも美味しく食べられる状態で出荷する。しかも唐津の魚の特徴をしっかりと残しながら――。
そんな“彼の魚”に魅せられ、東京や福岡のレストランのシェフ、和食の料理人、寿司職人らからの注文が後を絶たない。
唐津市の小さな鮮魚店「大山鮮魚店」3代目・大山拓朗。一流が認める男のこだわり、仕事の流儀に迫る。

大山拓朗/おおやま・たくろう。1984年唐津市生まれ。祖父の代から続く「大山鮮魚店」で祖父、父の仕事を見て育つが、自身はサッカーに打ち込みアビスパ福岡のユースに所属しプロを目指す。沖縄のサッカーチームでもプレーし、「家業をすんなり継ぐのが嫌で」と福岡市でスポーツインストラクターを務めたのちに帰郷し家業に入る。SNSで発信する活け締めの動画が注目を浴び、現在フォロワーは20万人を超える。
一瞬で急所を仕留める刹那のなかに溢れる魚への敬意
「僕の場合、締めるというより“手当て”なんですよね。話すよりも見てもらった方が早いので」と彼は素手で生簀に手を伸ばし、一匹のクエをそっとすくい上げた。やさしく抱き抱えられたクエは一瞬の抵抗を見せるが、手のひらで目を覆われた瞬間にぴたりと落ち着いた。その刹那、急所に狙いを定め素早く〈手カギ〉を振り下ろす。
そこに一切の迷いはない。
一撃を食らった魚が限界まで口を開いて果てる瞬間は素人目には衝撃的だが、この状態が命を終えた証だという。

〈▲ 実はこの状態でも、まだ心臓は動いている。急所を捉えた瞬間は、美味しさを最大限に繋ぐための扉が開いた瞬間でもある〉
「人間だって一瞬でも恐怖を感じたら体がギュッと緊張して呼吸が荒くなるじゃないですか。魚だってそう。ストレスや恐怖を与えたら身も硬くなる。だから生簀から引き上げたあとも、エラの動きを確認しながら一度落ち着かせ、恐怖に怯えないように視界の外でスッと構えて、気づかれぬうちにやる。そこにこだわりを持っています」
そして動かなくなった魚の体を一度だけ撫でる。この印象的な仕草は、これがまさに“手当て”なのだと感じさせられる。
「命をいただくわけですから、この瞬間は命と命で向き合う、一対一の対話。最後に魚を撫でるのも僕から魚への“ありがとう”、なんです」
慣れた作業でも一匹締めると息切れするというほどの真剣勝負。そこには魚への愛があり、命への敬意がある。

〈▲ 脳を狙って手カギを打ち込んだあとは、まだ動いている心臓の力を利用して放血、脊髄に沿ってワイヤーを入れ神経を破壊するという手当てが続く〉
この魚は何時間後に〈最高の状態〉であるべきか、を逆算する
昨今は神経締めや血抜きなど、魚を締める方法がアップデートされ続けており、実際、日本各地に美味しく魚を締められる職人はいる。しかし、彼が唯一無二の“最強の魚屋”として一流の料理人から認められている理由は、唐津の魚の鮮度と旨み、香りを最もいい状態にコントロールする稀有な能力を有しているところにある。
「僕が手当てをするときに意識しているのは、その魚が何時間後にお客さんに提供されるのか、ということ。要は、魚は硬直後に旨み成分が上がっていくんですけど、硬直が始まる時間、旨み成分が広がる時間を想定して、お客さんの口に入るであろう時間帯にいちばんいい状態になるよう逆算して手当てしているんです。当然、地元の寿司屋さんと東京のレストランでは、全然、そこの時間が変わってくる。なので料理人さんとは、その都度、欲しい魚種やサイズを聞き、どう料理したいのか、何時間後に使いたいかをしっかり聞き取りをさせてもらい、希望にあった手当てを施すようにしています」

〈▲ 魚を締める工程にもさまざまな手法があり、研究施設で魚のレントゲンを撮るまでして、ベストな手当てを研究し尽くした〉
いい魚を選ぶことはプロとして当たり前の目利きだと大山氏は断言する。大事なのは魚の状態を見極めて適切に判断して処理すること。
「同じ魚種であっても、年齢や性別、心臓の強さや呼吸の悪さ、疲れ具合などの状態で全然違うんです。だから『この子はこういう状態だから先にやってあげよう』とか、『この手順でいこう』と手当ての方法もそれぞれ変えていきます。僕は普通の人より耳がいいらしく、魚の頭を指で弾いた時の音や骨を刃先で擦った時の音の違いで脂質を見分けたりできるんですよね。筋肉質が好きな料理人さんにはこっち、脂質でいきたい料理人さんにはこっちと、個体を判断することもします」

〈▲ 腹には脱脂綿を詰め血漏れを防ぎ、魚が傷つかない工夫、到着までの温度管理まで計算して梱包。「箱を開けた時瞬間に大山鮮魚店の魚だと一発でわからないとダメだと思っています」〉
彼が手当てした魚は出荷して2、3日は唐津で食べるのと変わらぬポテンシャルを保つ。東京や海外の料理人からの注文が絶えない理由はそこにもある。
今、大山鮮魚店から遠方(主に東京)に配送される魚は1日わずか7箱。すべての工程を完璧なクオリティで仕上げるには「この数が限界」だという。彼の魚を扱いたいという料理人は枚挙に暇がなく、正直そのニーズには応えられていないが、「自分が納得できない魚を出すことなどできない」と意に介さない。
出荷して2〜3日経っても残る“唐津の香り”
唐津に揚がる魚の多くは近海もの。目の前に広がる玄界灘には対馬海流が流れ込み、点在する島の沿岸は日本有数の好漁場である。漁場から魚市場までの距離が近いため、活魚の状態で競りにかけられるものも多い。また、小規模な市場ゆえに漁師とのコミュニケーションがとりやすいため、どこでどんな状態で捕れたかというストーリーが直接聞けることも唐津の魅力である。

唐津の鮮魚店に生まれ育ち、ある意味宿命を背負って3代目を継いだ。彼が情熱を注ぎ、愛して止まない“唐津の魚”には、ほかの地域の魚には決してない、独特の香りがあるという。
「日本におけるイタリアンの第一人者でもある有名シェフが唐津に来たときのことです。一緒に漁港を歩いていると、彼は海に手を入れてひと舐めして『海、うまっ!』って言ったんです。なるほどなと思って。唐津の魚の魅力って言葉では伝えづらいけど、いわゆる魚臭さとは違う魚の香りが立って、スッと余韻が残る。彼の言う“海がうまい”っていうのが魚の香りにつながっているように思います」
この香り、余韻を残すことこそが大山氏が目指すところ。
「三陸でも北陸でも美味しい魚はあるじゃないですか。でも、僕がよその魚を締めたとしても、同じ香りは絶対に出せません。どんなに高い技術で施しても、またいい魚であっても、それは“唐津の魚”じゃないから。どっちが上とか下とかじゃなく、違うものなんですよ。僕はかつて、誰よりも腕を磨いて美味しい魚を提供しようと必死になっていたことがあったんです。でも今、僕は『そこ』にいない。僕が出したいのは唐津の魚であり、あの香りなんですよ」

最近では、唐津で獲れた魚の半分近くがより安定した値のつく福岡の市場に流れているという。それを食い止めるために大山氏は競りにおいて、いい魚には必ずいい値をつけるようにしている。そうすることでより多くの魚が唐津に揚がるようにと。
「あんな香りのする魚、他にないですよ。それってすごいこと。だから僕は地元の人にもっと唐津の魚の価値に気づいて欲しいんです。当たり前じゃないってことを。豊かな海があって唐津の魚があるからこそ、僕は唐津でこういうスタイルの魚屋ができる。他の地域だったらこんなやり方はできません。すべて、唐津の海、魚のおかげです。唐津って最高で、最強なんですよ」

取材・文/岩井紀子
撮影/水田秀樹
【大山鮮魚店】
住所:佐賀県唐津市中町1879-1 産栄市場内
電話:0955-73-8420
https://www.instagram.com/sakana.ooyama/







大山 拓朗
大山鮮魚店 3代目おおやま・たくろう。1984年唐津市生まれ。祖父の代から続く「大山鮮魚店」で祖父、父の仕事を見て育つが、自身はサッカーに打ち込みアビスパ福岡のユースに所属しプロを目指す。沖縄のサッカーチームでもプレーし、「家業をすんなり継ぐのが嫌で」と福岡市でスポーツインストラクターを務めたのちに帰郷し家業に入る。SNSで発信する活け締めの動画が注目を浴び、現在フォロワーは20万人を超える。