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2025.05.14

梨のような味と食感に固定概念がバグる キミは、白石れんこん「蓮恋」を知っているか?

「私が育てている『蓮恋』は糖度が高く、夏から早秋にかけては“梨のよう”、そして冬は“栗のよう”だとも称されます。

でも、ここだけの話、白石町のレンコンは、どれも美味しい(苦笑)。豊かな土壌に支えられている分、農家の努力が埋もれやすくもあるんですよ。

誤解を恐れずいうと、“他の農家の100倍努力をしたとしても、結果1%の差が出るかどうか”ぐらい。

まぁ、その僅かな差のために、私は努力するんです」

(黒木農園 代表 黒木啓喜)

 

レンコンの日本三大産地の一つである佐賀県の中でも、県下生産90%以上の割合を占めているのが白石町(しろいしちょう)。かつて有明海の干潟の一部であった白石平野はミネラル、カルシウムが豊富な“重粘土質”の土壌が広がっていることから特にいいレンコンが育つ。

同町でのレンコン栽培は100年以上前の大正11年(1922年)が起源。この地で、一人の農夫が植えたことがきっかけで栽培が始まったと言われている。以来、町内で採れたレンコンは「白石れんこん」の総称で広く親しまれてきた。

「白石れんこん」は一般的なレンコンと比べ糖度が高く、もっちりとした食感であることが特徴だ。今回紹介するのは、中でもより特別な、選ばれしレンコン。

それが、白石町「黒木農園」が栽培するレンコン「蓮恋」(はすこい)である。

とあるミシュラン星付きレストランのオーナーシェフは「蓮恋」を初めて食べた時「まるで栗のような甘さと食感」と絶賛、真っ先に自身のコースに取り入れたほどだ。

蓮恋は季節によって、その“表情”を変える。夏から早秋は梨のようにみずみずしく、シャキシャキとしているが、気温がぐっと下がる冬期に収穫されたものは、糖度も粘度も高くなり、他地域のレンコンとの違いがより鮮明になるという。某シェフが漏らした「まるで栗のよう」という表現は、蓮恋の魅力を端的に伝えてくれているのだろう。

我々が馴染みの食材を口にするとき、その味や食感は「こういうもの」とイメージの中で規定してしまいがちだ。だからこそ、我々の舌がそんな“固定概念を超える味”を捉えたとき、驚きとともに感動に包まれる。

蓮恋とは、どのようなレンコンなのだろうか。白石町の黒木農園を訪れ、代表・黒木啓喜に話を聞くと共に、実際に味わってみた。

黒木啓喜/くろき・ひろよし。昭和31年、佐賀県・白石町出身。農業資材、肥料関係の仕事を経て、約100年続く家業のレンコン農家を継承。「自分で育てたレンコンだから自分で値をつけたい」と、全量直販の「黒木農園」を立ち上げる。自身のブランド「蓮恋」を売り込む第一歩として東京で営業。大手青果市場、百貨店での取り扱いをきっかけに販路が拡大する。鳥羽周作シェフはじめ著名な料理人も「黒木農園」のレンコンに惚れ込んでいる。

白石産のレンコンが美味しい理由は「土」にある

「ここはとにかく、土がいいんですよ」

黒木氏は、自身のレンコンの話をする前に、白石町の土の素晴らしさについて語り始めた。

「かつて干潟であったことに由来する重粘土質の土壌は有明海のミネラルだけでなく、程よい塩気を含んでいるのがまたいい。潮風を受ける柑橘や野菜が甘さを蓄えて育つのと同じように、レンコンにおいても適度な塩分が糖度を上げてくれる。加えて、重粘土質の土はとても粒子が細かくレンコン全体を密に包んでくれるので栄養分が浸透しやすいんです」

重粘土質の土壌はレンコンに限らず、さまざまな農作物栽培に適している。実際、白石町ではタマネギなどもブランド化されており、果皮と果肉の硬度が高いブランドいちご「さがほのか」のほか、近年ではスイートコーンの栽培も盛んだ。まさに文字通りの地の利。農作物の栽培に適した土であることが、「白石れんこん」の品質を保証している。

そんな白石町にあり「黒木農園」のレンコン畑は約8反(8,000㎡)と、地域では小規模な方。しかし、同園のレンコン「蓮恋」はその品質の高さはもちろんのこと、独自の販売ルートを開拓、〈全量直販〉スタイルで顧客を掴むなど一農家を超えた黒木氏の活動もあり、白石れんこんを象徴する存在となっている。

〈▲ レンコンは地中で横に芽が走り、養分を蓄え大きくなる根菜。「黒木農園」では節がつながった泥付きの1本を扱っている〉

1%の差を生むための努力を惜しまない

経済白書が「もはや戦後ではない」と宣言した年、黒木氏はレンコン農家の3代目として生まれた。少年時代から畑の水に浸かって収穫を手伝うなど、レンコン作りのノウハウを祖父や父から叩き込まれた。しかし彼自身はレンコン農家になる前に、農業資材や肥料関係の企業で働いていた経験を持つ。

「その経験が、今にも生きていると思うんです。農家だけやっていたのでは気付けない視点を持てたというか。レンコンの栽培、販売方法なども、別角度から見られるようになったのも、会社務めをしていたからかなと思います」

白石レンコンと呼ばれるものは、どれも美味しい。黒木氏も「正直、その中でずば抜けたものを作るのは難しい」と漏らす。

「もちろん農家それぞれで考え方、育て方はありますが、基本的に植えた後は大地の力を信じるのみ。まぁ、この豊かな土壌で育てれば、たいてい美味しくなります。誤解を恐れずいうと、基本的なことだけ押さえれば、他の地域で作れないようなレンコンが育てられる。ただ、それは農家としての努力やこだわりが反映されづらいとも言えるんです。感覚的には“他の農家の100倍努力をしたとしても、結果1%の差が出るかどうか”ぐらいなもの」

それでも黒木氏は、その1%の差を求め、誰よりもこの地域で美味しいレンコンを作る努力を惜しまない。肥料の配合、量、タイミング、水の量や水温管理など、時間をかけながら、刻々と変わりゆく環境の変化の中で、自分なりの正解を突き詰め続けている。

「私は家業としての100年近くのノウハウと、前職を通じての肥料、資材メーカーから入ってくる最新の情報、自分でも学んできた知見があります。だから少しだけいいレンコンが作れるのかもしれません。そして、一度外に出たからこそ、この土地のレンコンの価値に気づき、ブランドになると信じて東京の百貨店に売り込みに行くなど販路も拡大したのです。さらに、その価値が認知されれば、お客さんはちゃんと『選んでくれる』ことも分かった。だから、全量直販に舵が切れたのだと思うんです」

〈▲ 「どんなにいいものを作っても、量だけで判断されて、安く買い叩かれるようでは、農家はいつまでたっても“強い存在”になれない」〉

レンコンの品種は多岐に渡り、国内だけでも50種以上が栽培されている。品種の流行り廃りのようなものはあり、基本的にはその時代でもっとも「作りやすさ」「収量」に優れ、なおかつ「味」もいい新しい品種が選ばれる傾向があるという。

しかし、そうした流行に惑わされることなく、黒木氏は父の時代から続く品種1本を大切に守り続けてきた。

その宝のようなレンコンを「蓮恋」と名付けた。

〈▲ 右端が一番新しく育った“一節”、左端の“四節”から順々に伸びてくる〉

さて、このレンコンをどう調理しようか

10月初旬、収穫したばかりの「蓮恋」を実際に食べさせてもらった。レンコンは節の順番に“性質”が異なり、そのために各節にあった調理方法もあるという。

今回、“一節”は酢漬け、“二節”は素焼き、“三節”はすりおろしたレンコンハンバーグで提供いただいた。異なる食感で何よりレンコン本来の味が濃く、皮まで美味。特に、“一節”はシャッキリした心地よい歯ざわりで「梨のよう」と称されるのも納得する。

〈▲ 一節の酢漬けは、梨のような甘みと食感。箸が止まらない美味しさ〉

固定概念の外からやってきた新しい感覚に浸りながら、某シェフが呟いたというこの言葉が脳内にリフレインする。

「まるで栗のような甘さと食感」

本当にそんなレンコンがあるのだろうか――口の中に残る、レンコンを噛み締めながらも「冬の蓮恋」に思いを馳せずにはいられない。

〈▲ “二節”の素焼きと、“三節”をすりおろした100%レンコンのハンバーグ。レンコンだけど、レンコンじゃない〉

白石町の大地が育む唯一無二のレンコン、蓮恋。この味わいと新しい食感は、作り手にインスピレーションをもたらしてくれるはず。もしあなたが食のプロフェッショナルであれば、季節ごと、節ごとに異なるこの個性をどうアレンジするだろうか。そして、我々の舌と心に、どのような驚きと喜びを届けてくれるのだろうか。

【黒木農園】

住所:佐賀県杵島郡白石町遠江4290

電話:0952-84-4052

https://www.kuroki-nouen.com

黒木啓喜

黒木啓喜

黒木農園 代表

昭和31年、佐賀県・白石町出身。農業資材、肥料関係の仕事を経て、約100年続く家業のレンコン農家を継承。「自分で育てたレンコンだから自分で値をつけたい」と、全量直販の「黒木農園」を立ち上げる。自身のブランド「蓮恋」を売り込む第一歩として東京で営業。大手青果市場、百貨店での取り扱いをきっかけに販路が拡大する。鳥羽周作シェフはじめ著名な料理人も「黒木農園」のレンコンに惚れ込んでいる。

STORY

佐賀の豊かな自然と対話しながらこだわりの食材を生み出す生産者たち

400年以上続く伝統と技術を受け継ぎながら器づくりに向き合う作り手たち

料理人

佐賀の「食」と「器」の価値を引き出すことのできる気鋭の県内料理人たち